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【まずは+1】 温泉宿 ばん屋・若旦那ブログ

大分県・湯平温泉【温泉宿 ばん屋】若旦那が発信するブログです。何事も「まずは+1」で前向きな一歩ですぜ。

阪神大震災から早くも21年

あれから21年経つんですね。月日が過ぎるのは早いものです。

 

この21年間、私の中ではいろんなことがありましたがやはりあの時の衝撃は忘れることができません。

 

今から21年前、阪神大震災当日。私は大阪の堺にいました。

当時の私は新卒元年でこれからだってなときでしたね。毎朝なけなしで買った安いスーツを着て出社してました。

 

私の職場は関西国際空港の国際貨物地区、仕事内容は税関のシステム関連の仕事をしていました。

関空もちょうどその時が埋立でできた新空港として発足の年。以前より国際線があった伊丹空港からこちらへ引っ越してきたばかりのホント何もかも新しい空港でした。

 

思い出すのは当日朝5時頃のこと、私は何故か早起きをして関西テレビの確か「めざましテレビ」を見ていました。

すると突然の大揺れ!例の大地震が始まった瞬間でした。

 

私の住まいの14型小さなテレビはビデオデッキの上で左右にユッサユッサ!

地響きと共に激震。

 

その時は地震にちょっとだけ免疫があったので何とか一瞬で「地震だ!」と悟り、割と冷静に要られました。

これ以上強くなるならここにいたら危ないから窓からでも飛び出そう!」なんてなことを考えたくらいです。自分でも不思議でした。

 

もしあのときそういう最悪事態になり窓から飛び出していても2階に住んでいたので腕の骨一本位ですんだのかもしれません。

 

実際はそんなにうまく行くかどうかもわかりませんが、若くして亡くなられた方とかが職場の関空にもいらしたらしく、更には聞くところによると神戸の2階建てのアパートに住んでらしたとか。

後に関西の友人たちに訊いたら彼らは地震に対して全然免疫がなく唯々揺れに身を任せ目が点になっていたそうです。

 

その方も腕の一本くらいのケガですんでいたらなぁ~と思うと何だか忍びなくて・・・21年たった未だに思っています。

( ;ω;)y━・~~

 

聞いた話によると神戸もすっかり変わってしまったとのこと。

いや、さすがは神戸!近くに住んでいたので知っていますが本当はすぐに復興したんです。よくおぼえていますよ。

 

来年は22年目となります。カウントだけが増えていくんでしょうね。